笠間の暮らし・文化・観光・農業 etc。
みんなで発言する、発信する、
Craft Council(クラフト・カウンシル)。

~かさまのまど~「梅原尚美さん」

DATE:2023.07.15

NAME:Craft Council

~かさまのまど~ 第5回目は、

「かさま歴史交流館井筒屋」館長 梅原尚美さんです。
笠間稲荷神社の門前通りつき当たりに在り、地域の“顔”として親しまれている「かさま歴史交流館 井筒屋」。
今回は館長の梅原さんをお招きし、元々は旅館だったという井筒屋の歴史から周辺の観光情報まで、お話を伺いました。
「地域の方々にも観光客にも喜んでいただけるように」という熱い想いをお持ちの梅原さん。 選べる笠間焼の器でいただくお抹茶やコンサート、定期開催の寄席などなど、井筒屋にはお楽しみが沢山♪
ぜひお気軽に、行かれてみてはいかがでしょうか。

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笠間のアート、文化、スポーツ、衣食住など、多岐にわたり紹介していく「~かさまのまど~」 第3回目は、 笠間市稲田の「磯蔵酒造」5代目の磯さん。 明治元年(1868年)創業以来150年以上にわたり美味しい地酒を造り続けていらっしゃいます。 今回は、ご自身も「お酒が大好き」という磯さん流の楽しみ方、由緒ある神社や美味しいお蕎麦屋さん・SNSで大人気の石切山脈など「都会には無い贅沢」があるという稲田エリアの観光の魅力など、楽しいお話をしてくださいました。 名言(?)もいろいろいただきました!(笑)ご覧になった方はきっと磯さんに会いに稲田へ行きたくなるはずです♪

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アートの息づかいに気付く森

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笠間の地で自分がやるべきことと、やりたいことー藤井農園・青藍 三星江利子さん

「友部図書館が近いので、ゆっくりお茶を飲める場所があったらいいなと思って。」図書館まで200メートルほどの場所に三星さんの経営する“ギャラリー&カフェ青藍(せいらん)”はある。青藍とは、藍染めの色合いを示す呼び方のひとつ。学生時代の専攻を生かして草木染のワークショップを開いたり、作家の作品展示や、両親の作る野菜を販売できるようなお店にしたいと実家隣に自宅兼店舗として2016年にオープンした。 「繁盛するようなお店作りというよりは、今は自分のやることをやりながらできればいいかなという感じでやっています。」というのも、高齢になる両親の介護が必要になり、代々の農家であった両親の農業を手伝いだった形から本格的に引き継ぐことに。現在は農業に費やす時間がメインとなっているようで、カフェの方を開けることがなかなか難しいそう。

~かさまのまど~「川島拓さん」

~かさまのまど~ 第4回目は、 「田村きのこ園」の2代目として活躍中の川島さん。 川島さんとにかく味が濃くておいしいので、シンプルに網焼きやステーキにするのがオススメだそう。 「僕も毎日食べてます!身体に良いですよ~」と笑顔の川島さん。 もちろん楽しいことばかりではなく、大変な作業やご苦労もあるそうで・・・ 菌床栽培の「菌床」をつくるのがめちゃくちゃ大変で、現在使用しているのは師匠オリジナルの菌床。 永年の研究の成果であり、“ここにしかないきのこ”をつくるのは、けして誰でもカンタンにできるわけではないそうです。 今後やりたいことは、美味しいシイタケをつくるだけでなく、沢山の人に知ってもらうこと! 2年前にネット販売を開始し、昨年は直売所オープンと、着実に夢に向かって進んでいます。 ゆくゆくは体験イベントなど、観光にも力を入れたいそう。 園へは「気軽に遊びに来てください!」とのことですので、皆さんぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか????

~かさまのまど~「枝川良雄さん・今井みどりさん」

~かさまのまど~ 第6回目は、 今回のゲストは、「笠間文化協会」の枝川さんと今井さんです。 これまでの経緯や、現在21の団体が加盟しているという同協会の活動について、いろいろとお話を伺いまし た。 協会では民舞、音楽、茶道、短歌・俳句など、さまざまな文化活動をサポート。 また、「映像でわが町をつくる会」を通じて、地域のさまざまなイベントを記録に残す、という貴重な活動もされています。 感染症の影響でなかなか人が集まりづらい状況ではありましたが、なんとか地域の皆さまと一緒に笠間を元気にしていきたい!とおっしゃるおふたり。 会報「ほほえみ」は、市内全戸へ配布しているそうです。ぜひ沢山の方にご覧いただけたらと思います♪

仲間がいたから、今の自分がある。旅館文化を笠間に残したい。 - 割烹旅館 城山 女将 新名寛子さん

 笠間稲荷神社すぐ裏手に佇む「割烹旅館 城山」。旅館としての創業は昭和38年、笠間の発展と共にこの地で時を重ねてきた。  「こんな場所が笠間に残っていたんだ…」  昔ながらの旅館といった風情溢れる佇まい。笠間の旅館らしく客室や宴会場の部屋札は笠間焼で作られ、各部屋や廊下など随所に活けられた生花がぱっと場を明るく華やかにする。  笑顔で出迎えてくれるのは「城山」の三代目女将、新名寛子さんだ。  「昔は笠間も茨城も、嫌いだったんです(笑)」  気持ちが良いほどはっきりと言い切った新名さんは「城山」の一人娘。小さい頃から「いずれ旅館を継ぐのだろう」と決めつけた目で見られることに強い抵抗感を感じていた。跡継ぎになるのが嫌で、高校で笠間を出て、東京の大学に進学。バックパッカーとして海外を放浪したり、東京に戻ってからは生きがいとなる仕事に就き、順風満帆な20代を送っていた。若くて自由。これからもずっと東京で暮らしていくのだろう。笠間に戻る気は更々なかった。  30歳になる頃、二代目女将だった母親が亡くなってしまう。跡継ぎがいないからと、東京でのキャリアを捨て泣く泣く笠間に帰ってきた。戻ってからの数年間は気持ちが落ち着かなかった。東京での夢が破れて、何のビジョンもなくて、でもやるしかない。都会と笠間を比べて不貞腐れていた自分を変えてくれたのは"仲間"だったと、新名さんは熱く語ってくれた。  二代目や三代目、起業をした人など、若い商売人が繋がる笠間の青年会議所。「奉仕・修練・友情」の三信条を掲げ、自分たちで出した会費は全て地域の為に使い、まちづくりのために奮闘する。新名さんは「城山」の三代目として青年会議所に参加し、仲間と一緒にまちづくりや奉仕に携わっていくうちに考え方が大きく変わった。活動の中で郷土愛が育まれ、生まれ育った笠間に対して、自分に何ができるのかを考えるようになった。

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